昔、宝塚受験しました
初めてコンクールにエントリーしたのはペザントのVaで小学校5年生のとき。一年後の6年生でパドトロワの第三Vaを踊りました。(一年で一回、地元のコンクールにでるだけでした。)
5年生の時はギリギリ予選を通ったという感じで、6年生で19位だったと思います。(;^_^A
もっとバレエがうまくなりたくて、中学一年でバレエ団を変わったのですが、移ったバレエ団では、中学3年生まで3年間 ”コンクール” どころか ”コンクールレッスン” にも呼ばれませんでした。
なんだか悲しくてもうバレエを辞めようかと思い中学三年生の3月に宝塚を受験しました。(笑)
声楽もやったことがなく宝塚に何組があるかも知らず、一度も舞台もDVDもみたことがなかったのですが、同級生が受けるというので私もバレエを辞めるきっかけになるかなぁ…くらいの感覚で受験してきました。
そんな安易な考えで受験した宝塚ですが、なんと一次も二次も合格し三次の最終試験まで進んでしまったのです。
背が高かったので受かったら男役になるんだろうな。と考えていた時、地元の大きいバレエ団から助賛公演の話があるからオーディションにいっておいでとバレエの先生からお話がありました。
バレエをあきらめかけてきた私には、すごくすごくうれしいお話でした。それでもコンクールレッスンに呼ばれたわけではなかったので、宝塚の三次試験を受けることにしました。
”合格発表の後、すぐにカツラとか着物とか購入するらしい” という話を聞き、なんかやりたいことと違うなぁと感じていました。
三次試験を受けるまでに仲良くなった子は私とは違い、みんな《宝塚への愛》がものすごかったことを覚えています。
合格発表は上級生がスタスタ歩いてきて「発表します!」と、持ってきた巻物を貼るというテレビで見たことのある場面そのものでした。

結果は不合格。周りは受かって喜ぶ子と落ちて泣き崩れる子がいましたが、私は何の感情もわきませんでした。「あっ。やっぱり落ちるよね」と。そしてどこかほっとしている自分がいました。
すると、すぐにバレエの先生からコンクールレッスンのお話をいただきました。
「バレエの神様がわたしを、こっちにおいで~。そっちじゃないよ。」と、引っ張ってくれたように思いました。
高校一年生になる4月から(宝塚不合格の翌週から)コンクールレッスンに参加させてもらい、この宝塚受験の一年後にスカラシップでドイツのジョンクランコスクールに留学しているとは、この時は思いもよりませんでした。
バレエの神様ありがとう~と、100回お礼を言いたいです。
宝塚を受験したことはバレエの先生にもバレエのともだちにもいまだに告白していません。これからも黙っていると思います。
宝塚を受験し、あらためて自分がバレエが大好きだということを再確認しました。そして安易な気持ちで受験したことを宝塚のことが大好きで受験した人たちに申しわけなく思います。

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ロシアに来て5年。サンクトペテルブルグのバレエ団でファーストソリストとして踊っています。ロシアに来る前は2年ほどNYに住んでいました。


1件のコメント
黒田 辰男
へぇー、宝塚を受験していたのですね、惜しくも三次で落選とは、あともう少しでしたね。